人の心は思ったよりもあたたかい



「じゃぁ、は此処とは全く違う世界から来たってこと、なんだな…」
「…はい」
「……………」
「……………」


異世界トリップをした、ということを近藤さんをはじめとする真選組のみなさんに告げた。嫌な沈黙が流れる。近藤さんは顎に手を当てて眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。あたしだって信じられないよこんなこと。だからみんなが信じられない気持ちも分かる。でもね、さっき"とりあえずなに言っても信じる"って言った人が、ものすごく疑った視線で見てくるっていうのはどうかと思うわけ。カフェオレ頭!痛くて可哀想な子を見るようなその目、お願いだからやめて!

もう一度言うけど、あたしだって信じられないよこんなこと。









    








みんなが俯いて思案する中、沈黙を破ったのは土方さんだった。


「それ、本当、なんだよな?」
「本当です…信じられないとは、思いますが」
「まぁ、さっきのドモりようと比べれば本当だとは思うが…」
「…玄関のドア開けたら万事屋前だなんて…どこでもドアとかいうやつじゃねぇんだから…でも実際はここに居るわけだ…さっきのドモりようと比べたら本当なんだろうけどねィ…」
「…さっきの嘘は忘れてください、ホントすみませんでした」


事ある毎に、あたしのドモりようを持ち出すのはやめていただきたい。ついでに思い出してちょっとだけ笑いを堪えながら話すのもやめていただきたい。あんなデタラメな嘘をついたことは、本当に悪かったと思ってる。でもあの時はそうするべきだと思ったんだもの。…結果から言えば大失敗だったわけだけど。


「…、家事はできるか?」
「家事ですか?炊事、掃除、お洗濯、一通りは…一人暮らしだったので」
「いやぁ、昨日、女中のアサミさんが寿退社してなぁ。ちょうど新しい女中を入れようかどうしようか迷ってたところなんだ!住み込みで働かないか?」
「近藤さん、こいつを女中に入れる気っすか?!」
「まぁまぁ、トシ、落ち着け。どう見たって普通の女の子じゃないか。俺らに危害を加えるように見えるのか?」
「それは…見えないっすけど…でも、万が一のことがあるかもしれねぇ!」
「安心しなせェ、土方さん。そん時は俺がバズーカーで撃ってやりまさァ、…土方さんを」
「なんでそこで俺が撃たれなきゃなんねぇんだ?!」
「俺が副長になるには大事な犠牲なんでさァ…分かってくれよ土方コノヤロー」


女中…女中って、メイドさんみたいなやつだよね?お手伝いさんとか、家政婦さんとか、召使とか。家事が一通りできれば、女中として雇ってくれるってことなのかな。しかも住み込みってことは、此処があたしの家にもなるってことだ。


「あ、あの、近藤さん!…女中って、お手伝いさんのことですよね?」
「あぁ、そうだぞ」
「あたし、一生懸命働きます。お口に合うようなご飯を作るよう努力しますし、洗濯物を溜めたりなんて絶対しない、掃除機だって隅々までかけます。お風呂もピッカピカに磨くし、お布団だってしっかり干してお日様のいい匂いがするお布団にします!だから、お願いします、雇ってください!」


正座をして、気持ちをぎゅっと固めて額を畳にしっかりとつけた。これ以上に誠意が伝わるお願いの仕方をあたしは知らない。近藤さんは 働かないか? と言ってくれた。でも、土方さんは肯定してくれない。それは当たり前のことだと思う。それだけこの場所、真選組が大切なのだ。もしもあたしがスパイや何かだとしたら、大変だもの。でも、あたしはそんなんじゃない。自分でも知らぬ間にこの世界に飛ばされてしまったんだ。危害を加えようだなんて大それたこと、微塵も考えやしなかった。…だから、お願いします。この世界にいる間、雇ってください。

もし雇ってくれなかったらどうしよう。今度こそ万事屋銀ちゃんに行くしかない。


頭をポンポンと優しく叩かれて、あたしの額は畳から離れた。顔を上げると、土方さんがいた。真っ直ぐで鋭い目、心の中まで知られてしまいそうな、そんな目だ。なんだか逸らしてはいけない気がして、あたしも真っ直ぐ見返した。土方さんは一度ゆっくりと瞬きをし、口を開いて言葉を紡ぐ。


、お前、………マヨネーズは好きか?」
「マ…マヨネーズ、ですか?」
「そうだ、マヨネーズだ」


なんだ、マヨネーズって。女中になるために必要な何かなのか。すごく真剣な目と全く意図が掴めない質問のギャップに、思わず気が抜ける。それでも土方さんは真剣な目をしているから、気が抜けてしまったあたしがズレているような感覚になる。あたしがおかしいの?それとも…土方さんがおかしいの?堪えられなくてスッと視線を土方さんの後ろに移すと、なんとも言えないような表情の隊士のみなさんと、欠伸をしているカフェオレ頭…沖田さんが見えた。


「マヨネーズは…普通、ですかね」
「焼きそばにマヨをどう思う」
「…いいんじゃないですかね?」
「お前はかけるのか」
「たまにかけますね」
「カツ丼にマヨはどう思う」
「(カツ丼?!なしだよ、それは!)」
「どう思うんだよ」
「ひ、ひとそれぞれ、その人の好み、じゃないですか、ね?」
「お茶漬けにマヨは」
「(ぜ っ た い な し !)」
「土方さーん、その辺にしときなせェ。その質問攻め、聞いてるこっちが辛いや」
「なにが辛いんだよ、聞いてるだけじゃねぇか」
、イイコト教えといてやる。カツ丼にマヨは犬のご飯になるってこと、しっかり覚えておきなせェ」
「は、はい…(犬のご飯…?)」


なんだったんだろう、この質問…。カツ丼にマヨネーズやら、お茶漬けにマヨネーズやら、絶対なしだと思うんだけど(カツ丼ならまだしもお茶漬けは…マヨネーズが分離して気持ち悪いことこの上ないと思う)、土方さんの目が怖くてなしだと言い切ることなんてできなかった。


「近藤さん、俺はを女中に入れてもいいですぜ。トリップだとか信じられやせんが、こいつ自体は危険因子でもなんでもないと思いやす。土方さんだってそう思っているんじゃないですかィ?」
「…あぁ。別にどっちでもいい。でもなにかあったときは躊躇無く斬るぜ」
「よっし、決まりだ!、今日から真選組で女中として働いてもらう!」


右肩を沖田さんに、左肩を近藤さんにポンと叩かれる。此処で雇ってもらえることに………なった?なった、んだよね?途中で斬るだとか少しばかり物騒な単語が聞こえたけれど、雇ってもらえることになったんだよね…?どうしよう、すごく嬉しい。これでこの世界にいる間の家ができた。こんな見ず知らずの娘、しかもトリップしただの言うやつを雇ってくれる、その優しさと懐の広さに涙が出そうだ。

もう一度、額を畳にくっつけた。


「ありがとう、ございます…」
「よせよせ、、顔上げろ。だいたいここは警察だ。この土地に来たばかりの何も知らない迷子を放っておくほど冷たい場所じゃぁない!」
「(…近藤さんは、なんだかお父さんみたいだ)」