「おい山崎、お前密偵で女装する時の浴衣だったか着物があるだろ。あれをこいつに貸してやれ」 「はい!」 「その後買い物に行ってこい。マヨネーズ買い置きしとけ」 「はい!行ってきます!」 というわけで。山崎さんから借りた浴衣を着て、大江戸ストアというところまで買い物に来ている。あたしが着ているのは、濃くて綺麗な藍色の生地に柔らかな黄色い花模様が裾から腰辺りにかけてランダムにあしらってある、可愛らしいのにどこか大人っぽい浴衣だ。大きめだったけど(そりゃそうか。山崎さんが着るサイズだもんな)、運良く着付けの仕方を知っていたのでちゃんと着ることができた。夏祭りの時に浴衣の着付けを教えてくれたユカちゃんのママに感謝だ。密偵というお仕事は大変だなぁと思った。そうか、女装までするのか… 「ちゃん、メモ、持ってる?」 「あ、はい!えっと…かぼちゃ、わかめ、お豆腐、サバかサンマ…買出し係の好みで良いそうです。あと、マヨネーズ」 「かぼちゃってことは、今日はかぼちゃの煮付かなぁー」 楽しみだな と頬を綻ばせている山崎さんの隣を歩く。あたしは他の女中さんから受け取ったメモを持ち、山崎さんはカゴを持ってくれている。そのカゴの中には、既に10本程のマヨネーズが入っている。そんなに消費激しいんですか?と恐る恐る聞いてみたところ、土方さん一人の消費量がとんでもなく激しいようだ。 そこであたしは気づいた。あの質問は、ただ単に土方さんがマヨネーズを好きだからあんな質問になっただけなのだ。それからその土方さんのマヨネーズ話を山崎さんからたっぷりと聞いた。彼はただマヨネーズが好きだという域の話ではないらしい。マヨネーズをかけられた全てが黄色いやつに変わる程で、それらは土方スペシャルと呼ばれる…と。聞いただけで胸焼けしそうな消費の仕方だ。そうか、沖田さんが言っていた"犬のご飯になる"とはそういう意味だったのか…。 「ちゃんはサバとサンマどっちが好き?」 「あー…どっちかというとサンマですかね」 「それじゃ、サンマにしよう!」 山崎さんがどのサンマにしようか選んでる隣で、あたしはキョロキョロと辺りを見回す。屯所で近藤さんの説明を聞いていたとき、確かここは江戸だと言っていた。あたしの江戸のイメージでは、こんな現代風な(あたしのいた世界と同じような)スーパーないはずなんだけどなぁ…。スーパーに来る途中にはコンビニや信号機も見かけた。江戸にコンビニ。江戸に信号機。あたしの知ってる江戸にそれらはない、はず。でもまぁ異世界だ。異世界なんだ、と自分でどうにか納得させた。 その時、ふと一点で目が留まる。あのチャイナ服にお団子頭…万事屋の前であった神楽ちゃんだ!あのあたしが認めたくないと思った大きな犬、定春をペットにしている神楽ちゃんだ。向こうもあたしに気づいたのか、手を振ってくる。 「銀ちゃん!この前万事屋の前で倒れたお客さんネ!」 「あ、ホントだ。なに、ジミーくんの彼女だったわけ?」 こちらに寄ってきた神楽ちゃんと銀さん(神楽ちゃんが銀ちゃんと呼んでいる、ということはこの人が万事屋銀ちゃんのオーナーさんか)(普通の人だ、変なおじさんじゃなかった、よかった)に会釈と挨拶をしながらジミーって誰?と考えていると、サンマを選んでいた山崎さんが声をあげた。 「ダンナ!俺はジミーじゃないです、山崎です!」 「そうそう、山田くんね。で、この子山田くんの彼女なの?スーパーでデート?」 「だから山崎です!それにこの子は今日から真選組で女中として働くことになったちゃんで、今は副長に頼まれて買い物中です!」 「えっと…はい、です。先日はお世話になりました」 自己紹介をしてお辞儀をすると、 気にすることないアル! という元気な声と いや、お前なんもしてねぇからな と呆れた声、それに加えて 銀さん!神楽ちゃん!あんたら勝手にウロチョロするな! という怒声…あれ?怒声?あ、向こうの方からメガネをかけた男の子が走ってくる。 「なんでもう、すぐウロチョロするんですか!神楽ちゃんはまだしも銀さん!あんた幾つですか!買い物カゴにこんなにお菓子ばっか入れてどうすんですか!」 「なんだよー、この前万事屋の前で倒れた子を見つけたから話してただけなのに。なんでそんなカリカリしてんだよ、煮干食え、煮干」 「あんたらが勝手にウロチョロするからでしょう!って、あ、…この前倒れてた子?…あぁ、神楽ちゃんが言ってた子ですか、初めまして万事屋で働いてる志村新八です」 「初めまして、です」 本日三回目の自己紹介をする。なんだか新八くんは真面目そうだ。いや、決してメガネイコール真面目の方程式ではなく。だいたい、メガネイコール真面目なんて古いとあたしは思うんだ。目が悪くなる原因全てが勉学だったら、世界はすごいことになると思う。目が悪くなる原因は、ゲームのしすぎだとかの方が多いんじゃないか。メガネは普段かけそうも無い人がかけていて、しかも似合ってる、そういうのが一番ドキッとする。…あれ?あたし別にメガネフェチじゃないよ。 とにかく。新八くんは、今のこのやり取りで銀さんと神楽ちゃんのお母さん的要素がかなり見え隠れしている。 「久しぶりにお金が入ったんですからまともな食材買いますよ!お菓子は全部戻してきてください!神楽ちゃん、酢昆布は3箱まで!なんで20近く入れてるの!」 「なんでヨ、そんなこと新八に言われる筋合いないネ!」 「そうだぞ、あっちの山寺くんが持ってるカゴを見てみろ。マヨネーズが10本も入ってるぞ?!こっちはお菓子たくさん入れて勝負だ、新八」 「なんの勝負ですか!いいから早く戻してこい!」 「あの、俺、山崎です!」 その後も新八くんに散々言われ、銀さんはお菓子を・神楽ちゃんは酢昆布を売り場に戻しに行った。新八くんの顔には疲労の色が見えている。いつもあんな感じなのかなぁ…もしあたしが万事屋に行ってたとしたらあれに巻き込まれていたのかな…すごく楽しそうではあるけれど…本音を言えば極力ご遠慮したい(だって"久しぶりにお金が入ったからまともな食材"と聞こえた。どんな生活をしているんだろうか)。 「山崎さん、さん、あいつらが居ないうちに買い物済ませた方がいいですよ」 「え?」 「神楽ちゃん、さんのことすごく気に入ってたみたいなんで。また会いたいってしょっちゅう言ってました。また捕まるとなかなか帰れないと思うんで、行くなら今です」 「あ、そうなんだ…ありがとう」 「では、僕もあいつら見張ってなきゃいけないんで。またなにやらかすかわからないし」 そう言って笑って銀さんと神楽ちゃんの元へ向かった新八くんは、疲労の色はあるけれどとても幸せそうな顔をしていた。きっと2人のことが大好きなんだろうなぁ、と思う。そしてあたしはというと、神楽ちゃんが言ってくれていたらしい"また会いたい"という言葉に心があったかくなるのを感じた。もう少し真選組での生活が落ち着いたら、今度万事屋に遊びに行ってみよう。 「よし、ちゃん、俺らも買い物済ませて早く帰ろうか!」 「そうですね、あんまり遅くなると土方さんに怒られそうですし」 スーパーからの帰り道、夕焼け空を見て少し泣きそうになった。あたしのいた世界と同じ夕焼け。異世界、だけれども、どこかで世界は繋がっているんだなと思った。なんでこの世界にきてしまったんだろう、と思いはするけれど、いつまでもそんなこと言っていられない。今日からお世話になる家も決まったんだ、お仕事だって決まったんだ。 今、此処でできることを精一杯やろう。 ** 退くん贔屓が見え隠れ(…)。 20070220 |