早く蓮根買いに行かなきゃ…蓮根のない筑前煮なんて筑前煮だと認めないわ!あ、ユカちゃんから借りた漫画もまだ読めてないし…19時には両親が帰ってくるんだから早くスーパー行って、作り始めなきゃ。あ、炊飯器もスイッチ入れとかなきゃだ、お風呂もまだ沸かしてない…!とりあえず、今は、
「…蓮根買いに行かなきゃ!」
「えぇえ?!」
「………………あ、どうも…」
「お、おはよう、え、えっと、れ、れんこん?」
「あ…蓮根、買いに行かなきゃなんです…」
あたしが起きたのを確認したお兄さんは、すぐに襖を開けて走って行った。 きょくちょー!お嬢さん起きましたよー!蓮根買いに行かなきゃいけないらしいですー!蓮根って言いながら起きましたー! と叫びながら。…お願いだからあたしの醜態を晒しながら走るのはやめてください!
そうだ、思い出した。あたしは異世界トリップというものを経験してしまったのだ。
慣れない嘘を
つ く の は 辛 い
「おぉ、起きましたか。お嬢さん、調子はどうですか?」
「え、えっと…なんともない、です…」
「俺の名前は近藤勲といいます、真選組の局長です!」
「…近藤、さん?」
「なんでしょうか!」
「あの、これは一体…」
あたしの醜態を晒しながら走って行ったお兄さんが戻ってきたと思ったら、同じ様な服を着た男の人が何人か入ってきた。なんというか、ガッツリした感じの人と(この人が近藤さんだ)、整った顔立ちで目つきの悪い黒髪の人、色素の薄いカフェオレみたいな髪の色をした男の子…あ、この人さっき万事屋銀ちゃんでダンナっていう人と話していた人だ。あとは坊主というか、つる…つるりんと言いますか、まぁ、そんな人とか、とにかくみんな同じ格好をしている。
そして何故かみんな片手に蓮根を持っている。ちょっと、いや、かなり異常な光景だ。
「これはお嬢さんが蓮根の星からやってきた天人だと聞いたもので!」
「(蓮根の星…?)」
「蓮根の星とは初めて聞きやしたが…普通の人間みたいなやつが住んでるんですねィ」
「おい山崎、お嬢さんは何て言ったんだ?ホントに蓮根だって言ったのか?」
「はい、寝起きに"蓮根買いに行かなきゃ"と言っていました!」
なんだかとんでもなく大きな勘違いに加え、かなり間違った盛り上がり方をされている。だいたい蓮根の星ってなんだ。それにあま、んと?あまんとって何?あたしを抜きでどんどん進められている話についていけなくなる。なに、あたしは自分で気づかない間にその蓮根の星のお姫様になっていたのですか。
あたしはただ、筑前煮のために蓮根を買いに行かなきゃというだけで…!
「あ、あ、あの!お取り込み中申し訳ないんですけど!」
「どうかされましたか、姫!」
「あたしその蓮根の星のお姫様とかじゃありませんから…あの、なんていうか、その…」
「おい山崎ィイイ!デタラメ言うのもいい加減にしやがれコラァ!」
「ひィッ、す、すみません、誤情報みたいでした…!」
「みたいじゃねぇよこの野郎!」
「トシ、ほどほどにしとけよ!」
どうやら一番初めに部屋にいた、あたしの醜態を晒して走ってくれたお兄さんは山崎さんというらしい。そして整った顔立ちの目つきの悪い人はトシさんというらしい。今、山崎さんはトシさんにボッコボコにやられている。うわぁ、痛そうだ…もうほどほどを過ぎている気がする。近藤さん、ガハハと大口開けて笑っている場合じゃないですよ。そこであたしは、ふとあることに気がついた。なんとトシさんはずっと瞳孔が開きっ放しなのだ。
目、痛くないのかな…
「あぁ?!なんか言ったか?!」
うわ、とばっちりっていうかあたしの心の声が表に出ちゃった?!
トシさんは山崎さんの胸倉を掴んだまま、こちらにジリジリと近づいてきて、ギッと睨みつけてきた。更に瞳孔が開く。怖いから怖いから!なんであたし此処にいるの、っていうか此処どこ?!
「はい、土方さんストーップ。お嬢さんの瞳孔まで開きそうでさァ。大丈夫かい?」
「へ、あ、はい、だいじょぶです…」
「お嬢さんは土方さんの目を心配してくれたんでさァ。瞳孔開きすぎで目が痛くないのかってねィ」
「余計なお世話だ、ほっとけ!」
まるで蛇に睨まれた蛙。そんなあたしを助けてくれたのは色素の薄いカフェオレみたいな髪の色をした男の子だった。そうそう、あたしは目が痛くないのかって心配になっただけで…悪気は全くなくて…あ、もしかして瞳孔開いていること気にしてたのかな、それだったら悪いことしたなぁ。
「お嬢さん、あんた蓮根の星の姫様じゃなかったら、なんなんですかィ?」
「あー…、えっと、…と申します。普通の、人間です」
「俺は沖田総悟。此処は真選組屯所。あのゴリラみたいなのが近藤さんで、局長、一番偉い人。瞳孔開いてるのが土方さん、副長、俺が常に命狙ってる人。ボコボコなのが山崎、土方さんのパシリ。ちなみに俺は一番隊隊長ですぜ」
「…は、はい…?」
「まぁ、待て総悟。一遍にそんな言っても分からんだろう」
「そうですけど…あ、近藤さん、詳しいこと説明する前に俺が1番聞きたかったこと聞いておいてもいいですかィ?」
「おぉ、いいぞ」
「えっと…だったか?」
「はい、です」
「蓮根買いに行かなきゃって一体なんだったんですかィ?」
そ、それは…晩御飯に筑前煮食べようと思って…蓮根が冷蔵庫になかったから買わなきゃなぁと思って…
苦く笑いながら言うあたしを見て、この部屋にいたみんなの顔がふっと綻んだ気がした。
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