慣れない嘘をつくのは辛い02


が万事屋の前で倒れたところを、総悟が運んできたんだ。万事屋のチャイナ娘の話によると警察に行きたがってたらしいしな。覚えてないか?」
「警察を探してたことは覚えてるけど、他は覚えてません、すみません…」
「丸一日意識失ってたしなぁ、まぁその辺はあまり問題じゃないから気にするな!」


近藤さんとあたしの周りを隊士の皆さんがグルリと囲んで円になっている今の状況。とてもじゃないけど居た堪れない。なんなんだこの状況…!かもめかもめでもするのか。あの遊びの裏には結構怖いエピソードがあるんだぞ!

そんな中で、あたしは事の経緯を近藤さんから聞いたり、あたしから話したりしている。ちなみにまだトリップの話はしていない。怖くてできない。何故って瞳孔全開でこっちを見てくる人がいるから、いや、ごめんなさい嘘です。


此処は真選組、江戸の治安を守る武装警察。近藤さんが一番偉い局長さんで、土方さんが副長さん、沖田さんが一番隊隊長。山崎さんは…密偵?沖田さんの話によると土方さんのパシリだそうだ。失礼ながらも心の中でつるりんと呼ばせてもらっていたあの方は、原田さんというらしい。
万事屋の前でたくさんのショッキングな光景を見たあたしは、あのまま倒れて此処に運ばれた、と。そしてあたしは約丸一日程眠りこけていたらしい。なんて図太い神経、まぁ慣れないこと続きで疲れていたし仕方ない、か?近藤さんがガハハとまた大口開けて笑ってくれたから良しとしよう。


「沖田さん、運んでくださってありがとうございました」
「あれくらい構いやせん。気にしないでくだせェ」
「助かりました、ホントに。近藤さんに、隊士のみなさんも、ありがとうございました」
「なにがだ?」
「こちらで1日も寝ていたみたいなので…、ご迷惑おかけしました」
「なに、気にすることない!体調も良くなったみたいだし、良かったな!」
「はい、お世話になりました。それでは、そろそろ家に帰らせてもらいます」
さん、折角なんで蓮根持って帰ってください!」


目の前にいる近藤さんと、周りを取り囲んでいる隊士のみなさんに挨拶をする。丸一日お世話になったのだ。しかもここは警察だというじゃないか。丁寧に挨拶しておかないと。今後なにかやらかしたときに、またお世話になるかもしれないし(なにもやらかさないけどね!)。

ゆっくりと立ち上がったあたしを見て、山崎さんが袋詰めになった蓮根を渡してくれた。これでスーパーに行く手間も省けた。とにかく真選組のみなさんには感謝だ。


「それでは、失礼します」
「またなにかあったら遠慮なく来ていいぞ!」
「はい、ありがとうございました」


手を振って見送ってくれる真選組のみなさんににっこりと微笑んで。襖を開けて一歩踏み出たときに、はっとした。あたしはどうして倒れて此処に運ばれた?どうして警察を探していた?家に帰るって、どこにあたしの家がある?全身から血の気がサーッと引くのを身をもって体感した。なかなか二歩目を踏み出さないあたしの後ろで、みなさんが不審がっているのが手に取るように分かる。


「おい、女、とかいったな」
「は、はい!」
「お前警察を探していたんだろ?どうして探してたんだ?」
「…そ、それは…」


どうしようか躊躇しているところへ投げかけられた、鋭い声。この声は土方さん、だ。どうすることが正しいのか。トリップしましたと言ったところで信用してもらえるのか。この人たちなら信じてくれそう、だけれども(だって蓮根の星で盛り上がっていたくらいだし)。それとも、それらしい嘘を見繕って話した方がいいのか。…嘘も方便と、いう。嘘をつくということが良いことだとは言えないが、悪いことだとも一概には、言えない。


「昨日、家に帰ってきた、ら、い、家が、火事で、焼け落ちてしまって、いて、…両親も、別に暮らして、る、し、警察に行って相談、しようと思ってきた、んです、けど………ね、寝て、その間にすっかり、わす、れて…」


…どんだけ嘘が下手なんだ、自分。1日寝たくらいで自分の家が焼け落ちたことを忘れるバカがどこにいる!凄まじいドモり様に自分でもビックリだ。冷や汗が背中を伝う。慣れない嘘をつくということは、こんなにも辛いものなのか。


「近藤さん、昨日火事なんてあったか?」
「昨日はなかったぞ」
「どういうことだ、
「……………………、」


鋭い声に、冷たさが増す。なんだか泣きそうだ。どうすればいいのか、もう分からない。振り向かなくたって分かる、痛いくらいに刺さる視線と、つめたいどよめき。数分前に嘘も方便とか思った自分を叱咤したい。


「…ごめんなさい、火事は嘘です。でも、帰る家がないのは本当です」


お世話になりました、すみませんでした と言って敷居を跨いだ。その刹那、聞こえた溜め息に身体が強張った。嘘をついたんだ、怒られる。嘘をつき、みなさんの顔も見ずに謝って逃げようとした自分が悪いのだ。ここは警察だ、もしかしたら幽閉なんてこともありえるのかもしれない。それは、困る、…いや、今の場合それは助かるかもしれない。帰る家がないのだ、閉じ込められてしまえばそこで生活することができる(その生活の水準がとても低いとしても)。


「お前、嘘下手すぎなんだよ…ったく」
「ホントでさァ。そんな嘘、誰が信じるんですかィ?見てられねぇや」
「…え、トシ、総悟、俺はホントだと思ってたぞ…」


鋭く凍った声が、ふっと和らいだのを皮切りに、あたしの後ろであたたかいどよめきが広がる。笑い声が聞こえる。強張ってガチガチになっていたあたしの身体から力が抜ける。これって、怒られることはなさそう?や、やばい、腰抜けそう…涙も出てきた………なんか、安心した…。


「でもよ、、何かわけありなのには違いねぇんだろ?」
「とりあえず何言っても信じまさァ。話してみなせェ」


後ろからかけられたあたたかい声に、あたしは振り返って大きく頷いた。





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筑前煮ネタはこの回で終了。
20070217