少年ペレストロイカ=少年改革




「なに、またやったの?」
「ふ、みき…ど、うし たの…?」
「たまたま泣きながら家入ってくを見かけたからさ」
「………部屋入るならノックぐらいしてよ」
「その前に。俺の質問に答えて?」
「なに」
「また、彼氏と喧嘩したの?」
「…もー、ふみきには関係ないじゃん!」
「こんなグッシャグシャに泣いてるのに、見て見ぬ振りはできません」



泣いてない泣いてなんかない!と言いながら、は枕に顔を埋めている。泣いてないなら顔あげろよ、なんて言えない。言ったら追い返されること請け合いだ。だからそっとベッドの端に腰をかけて、頭を撫でてやる。やめてという小さな声は、聞こえなかったことにする。

"関係ない"そう言われたらそこで終わりっちゃ終わりなんだけど、そうもいかないんだ。だって。だって、俺はのことが好きなんだから。関係なくなんかない。












少年ペレストロイカ

(そう、この壁を越えて!)

















「うんうん、そんで?」
「モデルみたいな綺麗な人が部屋にいたの」
「…それは最悪だったね」
「でもね、もしかしたら友達かも…って思って」
「あぁ、ん家にも、よく三橋とか田島とか来るもんね」
「そうそう。だから友達かもって思ってこんにちはって言ったら、え?みたいな顔されて…」
「うんうん」



の別れ話を聞くのは、これで何回目だろうか。聞きたくて聞いてるわけじゃないけど(だからといって、聞きたくない!っていうわけでもなくて…) が別れて泣いて帰ってくる度、何故か俺はその姿に遭遇する(まぁ、家隣だし)。遭遇しなくても、ん家のおばちゃんから"が泣いて帰ってきたんだけど文貴くん何でか知ってる?"ってメールが来る。おばちゃんとはメル友だ。

だから、なんていうかな…聞かざるを得ないっていうか………まぁ、嫌なわけでもないし聞いてるんだけど。確かにの口から他の男の話を聞くのはしんどいけど、でも泣いてるのをほっとくわけにもいかないし。



「そこで、丁度良くヨウスケがお風呂から出てきたんだよねー…」
「あー…」
「その、モデルみたいな人に"お前もお風呂入りな?"って言いながら」
「うわキッツイなぁ」
「そこで初めてあたしに気づいて、ヤバイ!って顔したの」
「漫画でいう顔に縦線みたいなやつだね」
「そしたらモデル子さんは、あたしを指差して"ヨウスケの妹?"って聞いたの!」
「おぉ…大ダメージ…」
「だからなんかもうどうでもよくな、ってヨウスケをビ ンタし て、帰っ て、き た…」
「うんうん…」



途中で、開き直ったのか大きな声で話していたけれど、だんだんと細く途切れ途切れな消えそうな声になる。そして、部屋は静かになった。は泣くのを我慢しているみたいで、膝の上に乗っかった手が力の入れすぎで白くなってしまっていた。それでも我慢しきれなかった声が、口元から微かに漏れる。

最後の方はよく聞き取れなかったけど、多分、ヨウスケくんになにか言われたんだと思う。 は、こう見えて意地っ張りだ。強気で負けず嫌いで。なかなか素直になれなくて、捻くれたりしてしまう。それをちゃんと分かってやらないと、とは付き合えない。
でも、そんな男がの前に現れたことはまだない。だから毎回毎回泣いて帰ってくるんだ。



「手…手、痛くない?ジンジンしない?」
「え…?」
「ヨウスケくんのこと、ビンタしたんでしょ?」
「あ、あぁ…(ホントはモデル子さんもビンタしたんだけど…秘密にしよう)」
「(あぁ、モデル子さんのこともビンタしたんだな…ばつが悪い顔してる)」



白くなっていた掌をゆっくりと広げて、俺の掌を重ね合わせた。思ってたよりもずっと小さかったその手は、指先は冷たかったけれど掌だけはまだ少し赤くて熱を帯びていた。その手を、俺の両手で包み込むようにして「痛かったね、」と、ギュッと握る。



「…文貴の手は暖かいねぇ」
、発言がおばあちゃんみたいになってる」
「五月蝿いなぁ!」



少し溢れてきてた涙を拭って、笑った。俺はこの泣き止む直前の笑顔が大好きだ。言ってしまえば、泣き止む直前のこの笑顔は涙でグチャグチャになってしまってるんだけど。それでも、この顔が見られるのは俺だけの特権だと思ってるから。だから、好き。

前に一度この話を阿部にしたら「おまえきもい」の一言で片づけられたけど。栄口に話したら「なんとなく分かるかも」って言ってくれたから良しとする。



「あー…文貴みたいな人が彼氏だったら幸せだろうな…」



笑った後には、決まってこう言うんだ、"文貴みたいな人が彼氏だったら幸せなんだろうな"って。
もちろんは今日も言った。そしていつもなら、俺は「何言ってんの」と笑って返す。だけど今日はそんな気分になれなかった。正直な話、もうこんな慰めるだけのポジションは嫌なんだ。もっと、ちゃんと、俺を見てほしいって思うんだ。

は何も言わずに俯いていた俺の顔を確かめるように見ると「なんか今日の文貴変だね」と言って(それだけ言われるとすっごく傷つく…!)俺の手から離れてCDラックに向かった。何枚かCDを出しては「あ、これ文貴に返すの忘れてた」と言いながら物色を続ける。

そして背を向けたまま、ポツリと呟いた。



「あたしのことを長く長く面倒見てくれる人、いないもんかなぁ」
「いないんじゃない?、素直じゃないし捻くれて可愛いこと言えないしさ」
「…酷い言われようだよ、あたし」



は笑いながら「文貴、遠慮無さすぎ!いくら幼馴染でもその辺の遠慮くらいしてよ!」と言った。でも、俺は、そんなが好きなんだよ。いい加減、気づいてほしい。隣にいるのは、俺じゃ、ダメなの?



「なぁ、
「んー?あ、これまだ借りてていい?」
「どうぞ。…、あのな、」
「うん、なにー?」
「おまえの面倒見れるのなんか…俺くらいのもんだと、思うよ?」
「アハハ、確かにそうかも。文貴はあたしのことよく分ってくれてるしね」
「そこ笑うとこじゃなくて、本気で。俺、のこと好き。だから俺が、のこと、長く長く面倒見てあげるよ?」



まだCDの物色を続けるその背中に向かって、俺は言った。唐突すぎただろうか。だけど今を逃したらこの先ずっと言えなそうで、この先ずっと俺のポジションは慰め係りのような気がしてしまって。わずかに震えた自分の声に少しばかり心の中で笑った。

少しの間があってから、はゆっくりと俺の方を向いた。



「…え…?」
「え?」
「え、っと…?どういう、意味?」
「〜…!だから!おまえの面倒見きれるのなんて俺くらいだって言ってるの!」
「え、えっと…?」
「俺はのこと分かってるよ、だから他の男じゃなくて俺じゃダメなの?いっつもいっつも喧嘩して別れて泣いて、その度俺が慰めて、は俺みたいなやつが彼氏だったらいいなて言うのに。なのに、なんでいっつも他の男のとこ行くの?俺のとこに居ればいいじゃん!が…、……ホントに俺みたいなやつが彼氏ならいいなって思うんだったら、ずっと俺のとこに居ればいいのに」



そう早口で一気に捲くし立て、を見る。開いた口が塞がらない、まさにそんな顔をして俺のことを見ていた。まさか俺がこんなことを思っていたなんて思いもしなかったんだろう。だって今まで、普通の幼馴染だったもんな。そしてそこにあるのはもう家族愛に近いそれで。

だけど、俺はずっと思ってたんだ。いつかその壁を越えられたなら、と。


「…きっと、文貴が思う以上にあたしホントに素直じゃないし、可愛気もないし、…えっと、」
「俺はそんなが好きなんだ。は、どうなの。俺と一緒に、居たい?」



はCDラックから離れて俺の前に戻ってきて、俺と目を合わせたかと思ったら、すぐに俯いて、1回だけ、ゆっくりと、縦にコクリと頷いた。これは、一緒に居たいってことだと思っていいんだよね?都合のいいように解釈するけど、いいんだよね?

腕を引っ張って軽く俺の方へ抱き寄せた。途端に赤くなっていく耳や首がとても愛おしく思える。再び重ねた掌は、もう少しも赤くはなかったし熱も帯びてはいなかった。ただ、指先はさっきよりも少しばかり冷たくなっていたけれど。でも大丈夫、もう掌が痛々しい熱を帯びるようなことにはさせないし、指先だってあたためてあげるから。










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水谷くんってイイオトコだと思うんだ!
title:純愛ペレストロイカ(by.SBY)
20051130/20070512(加筆修正)