片想い警報!


青い空、白い雲、茶と緑が織り成すグラウンド。
そこに転がる白球を手に取り、思い切り投げた。



「ナイピッチー!」



あたしと50メートルほど離れた位置に立つ彼は、今日も眩しい笑顔を見せる。
家がお隣さんの幼馴染は、いつの間にか学校中の注目を集める野球部のエースになっていた。一方あたしはというと、特にこれといって目立ったこともなく。帰り道に目に入る野球部の練習をチラリと見ては( 今日も彼は頑張っているんだなあ )と毎日思うくらい。

今日は、たまたま。あたしの足もとにボールが転がってきたから。手に取って、投げた。こっちまで来るのは億劫だろうからという思いで投げたというのに、そんな気持ちを読み取りもせずに、「ナイピッチ!」と叫んだ幼馴染はあたしの方へと汗を拭いながら歩いてきた。



「よっ、。ボールサンキュー」
「…準太、野球頑張ってるんだね」
「おう。来年こそは、な。そういうだって吹奏楽頑張ってるんだろ?この前うちの母さんが騒いでたぜ、新聞にが載ってるって!関東大会だよな、確か。なんで教えてくれなかったんだよ、お祝いの一つでもしてやりたかったのに」
「いや、準太忙しそうだし、そんな大したことでもないしさ」



久しぶりに顔を合わせてまともに話した幼馴染は、あたしの知っている彼よりも饒舌だった。少し驚いた。あれ?こんなに喋る人だったっけ、準太って。
それにしても、準太があたしの部活のことを知っているとは(準太ママ経由だけれど)。確かにこの夏は、野球部の応援に出向く傍ら、コンクールに出たりもしていたけれど…まだまだ準太の足元には及ばない、目立つものではないと思っていたのに。



「大したことないもあるもなーい。そういうの祝ってたろ、前は!二人でコンビニのケーキとジュース買ってさ」
「そういえば、準太がレギュラー取ったり試合で勝つたびやってたっけ」
「懐かしいなー。つーか、と喋るの自体すげぇ久々な気ぃすんだけど…」
「ねぇ、準太。あれ、準太のこと呼んでるんじゃない?」



なんだかぶつぶつ呟いている彼の話を遮断した。グラウンドの向こう、ふわふわとした金髪の男の子が、必死に叫んでいるように見える。手招きまでして、あれは準太を呼んでいるはずだ。なんだっけ、あの子の名前。なんか外国人のような名前…女の子みたいな名前…



「っあ、利央か…」
「あ、そうそう。りおーだ」
「なに、お前利央と知り合い?」
「全然。てゆか、準太練習中なんでしょ。早く戻った方がいいんじゃない?」
「いや、あ、そうなんだけど…ちょっとだけ待っててくんねぇ?今日一緒に帰ろうぜ、のお祝いもしたいし、久しぶりだし、もっと喋りたいことあるしさ」
「え?や、あたし帰るよ…」



あとちょっとだから待っててなー!と言いながら、彼はりおーくんの方へと走り出してしまった。え、ちょっと、人の話は最後まで聞こうよ。あたし帰りたいよ、ガリレオの再放送が…白衣の福山さんが…!


どんどんと遠くなる幼馴染をただ見つめることしかできず、あたしはフェンス脇にある木陰に座った。

そっか、久しぶりに話したから、彼はあんなにも饒舌だったのか。確かに、あたしも準太ともっと喋りたいことはある。思えば高校に入ってからは、挨拶くらいしかしてなかったような気もする。どうしてだろう?…なんて、野暮な質問だ。あたしが避けていたからに他ならない。どんどんと大きくなっていく幼馴染に、追いつけない自分に、寂しくなったのだ。少し前までは隣を歩いていたのに。いつの間にか背中しか見えなくなっているような気がしていた。

なんとなく、だったんだ。なんとなく、もしかしたら、準太のことが好きなんじゃないか?と、自分の気持ちを自答し始めて、初めて自分の気持ちに気がついた。一緒にいることが当たり前すぎて気づかなかった自分の気持ち。自分から避けているくせに、話せないこと、まともに顔も合わせられないことが寂しくて仕方なかった。

そんなわけだから、今日、たまたまあたしの足もとにボールが転がってきたことに感謝していたりする。



「悪ぃ、お待たせ」
「あたしカルピスね!」
「おー了解」



空を緩やかに流れていく雲を見ながらそんなことを考えている間に、彼は着替えも済ませてやってきた。聞こえた彼の声に顔を上げると、差し出された左手。無視することもできず、そっと取り、立ち上がった。

何事もないように繋がれ離されないでいる右手が、徐々に熱を持つ。



「?…準太、手」
「あ、あぁ、あー…昔はさ、よくこうやって手繋いで家帰ったよな。がしょっちゅう転ぶから見てられなくてさ。おまえ危なっかしいから、手繋いでてやるよ、な?」
「…、いつの話よ、今はそんなことないって!」



歩き出すリズムよりも速く、少しずつ加速していく心の音。
ドキドキと、心臓が見えるんじゃないかと余計な心配までしてしまう。高鳴る心臓に改めて気付かされた。あたしはきっとずっと小さな頃から今も変わらず、彼のことが好きなんだ、と。

離すことのできない手を一視してから、そっと斜め上を見上げる。柔らかく弧を描いている彼の口元と目に倣うよう、あたしの口元も上がった。そして、ゆっくりと繋いだ手を握り返した。



ゆっくりと握り返したこの手から、あたしの気持ちが伝わってしまえばいいのに、なんて。




想い警報!

(ねぇ、もうちょっとゆっくり歩こう?)





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春の快晴の下、転がる白球を思い浮かべた
title:片想い警報!(by.SBY)   20090412