4限目の数学の授業が自習になった。セーフ!今日までの宿題終わってなかったんだよなぁ。そんなことを思いながら、自習プリントの空欄を埋めていく。合ってるかは分らないけど埋まればいい、うん。 「なぁー、」 「なに?」 「ぅげっ、お前真面目にプリントやってんのかよ?!」 「げってなによ、テスト近いんだからプリントぐらいやるよー?浜田はやってないの?」 「…まぁまぁそれは置いといてさ、」 「…うん、なに?」 置いといちゃダメでしょ、という思いはしまいこんで(きっと口に出したら延々ループになる)浜田の声に耳を傾ける。 浜田の席はあたしの一つ前。椅子に逆に座って、背もたれ部分に肘をついてこっちを向いている。いつか肘がズレてガクッってなりそう。もしそうなったら盛大に笑ってあげようと思う。 …ていうかさ、なんか、近い。ちょっとドキドキしてしまう。 話を切り出したわりには進まないそれを気にしながらも、あたしの手元はシャーペンを握ったままプリントの上を走る。 「うーあー…うー…」 「…残念ながらそれじゃ、あたしには伝わらないよハマダクン」 「うわー、そのハマダクンってすんごい距離置かれた気分!心外!」 「うん、ごめんちょっと距離置いた」 「なぁ、って好きな奴いんの?」 「え?」 イキナリの言葉に頭の中がチカチカなる。一気にシナプスとシナプスが結合して脳内を言葉が駆け巡る(あれ、シナプスってなんだっけ?)。 好きな奴、好きな人、すき、スキ? どうして今、そんなことを。そんな話してたっけ?って、あ、浜田が話したかった本題がこれってことなのか。それにしても…もっと脈絡のある話し方をしてほしい。 恥ずかしながらあたしの好きな人というのは、目の前でヘラヘラしているこの男だ。どこが好きなのかと聞かれたら答えることはできないけれど。浜田だから好き、そんな言葉しか思いつかない。気付いたら好きだと思っていたんだもの、仕方無い。 「なんで、いきなり?」 「…あのなー、内緒だぞ?」 そう言って声をひそめた浜田はあたしに少し近づいた。あたしも少しだけ机に乗り出す。一つの机の上にあたしと浜田の薄い影。また、ドキドキと鳴る心臓。汗ばむ手のひら。別に何があるわけでもないのに。それでもこの距離にドキドキしてしまう。頬、赤くなってないかな、大丈夫かな。 「梅がさ、気になるんだって、だから」 「梅ちゃん?」 「そ。梅がのこといいなぁって言ってたから、はどうかなと思って」 「梅ちゃん、が、あたし、を…」 「いやぁ〜、青春だね!」 ニコニコする浜田を余所に、あたしは脱力しかけた身体をゆるゆると席に落ち着かせた。この様子からして、浜田があたしをどう思っているかは一目瞭然だ。嫌われていないにしても、恋愛どうこうとして好きだとは思っていない。友達、女友達、よく話せる良い奴。 「俺、梅もも大切だからさ、2人がくっついたら嬉しいなぁ、とかさ!最終的には2人の問題だけどよー、そう思うわけ」 「そう、ですか」 「ちょっと考えといてやってよ、な!」 「…うん、かんがえておく」 笑ってそういう浜田に心臓がチクリチクリと音を鳴らした。丸く大きく膨らんだ赤い風船に、細い針が1本・2本・3本…と刺さっていくような、そんな感覚。針の数は減ることなんてなく、増えていくばかり。痛くて涙が滲みそうだ。 想いも伝えていないあたしの心の中の勝手な葛藤だけど、なんでそんなことを言うの。心の中でしか叫べないけど、あたしが好きなのは浜田だよ、あんただよ。 ざわめく教室、ぼやけていく視線の先、彼だけが鮮明に色づいて見えた。
君 だ け が リ ア ル
ねぇ、いつか君が好きだと伝えられたら、風船の針は全部落ちる?
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