寒い、寒い、寒い!なんでこの部屋には暖房という画期的なものがないの。なんであの画期的な発明品がないの。どうして。ねぇ、ちょっと、…うぅ………寒い寒い。
俺の彼女は家に入るなり前述の言葉を残し、早々とキッチンに向かった。
カチッ ボーッ 聞きなれたガスコンロの音が耳に入ってくる。この季節はいつも、そう。俺の家に来たらキッチンへ直行。鍋に牛乳を入れて温め、2つのカップに注いでホットココアを作る。が家に来るようになってから、ココアはすっかりキッチンの住人になっている。そういえば言い忘れてたけど、俺の家に暖房がないわけじゃない。もっと本格的に寒くなってからつけることにしてるんだ。だって俺は、地球に優しい男だから!…って前に梅と梶が来たときに言ったら「ただの電気代節約だろ、早く付けろよ」と言われた。ちがう、温暖化を気にしてだってば!
がココアを作っている間に、俺は日中に干しておいた洗濯物を取り込む。お日様にあたっていた枕やクッションは、あったかくて気持ち良い。寝るときにお日様の匂いが身体中に染み渡る感覚が、好き。
「はい、浜ちゃんも、飲むでしょう?」
「ありがとな」
ココアを作り終えたはカップを2つ持ってきて俺の隣に腰をおろした。そしてカップをローテーブルに置いてから、俺がさっき取り込んだばかりのクッションを1つ手に取り包み込むようにギューっとして顔を埋めた。
「…はぁ。いいね、お日様の匂いするね!」
クッションに顔を埋めたことでお日様の匂いの柔らかさがにもうつったのかなんなのか。1つ溜め息をついたかと思ったら、お日様の匂いのような柔らかくふにゃりとした顔でそう言う。
「外はお日様が出ててあったかいはずなのに、なんでこんなに寒いんだろうね。なんか矛盾してるよね、冬って」
「ん…まぁ、そうだね。日なたはあったかいもんなぁ」
「でも冬のそんなところが好きだったりするんだよね、あたし」
あはは、あたしも相当矛盾してるな って笑いながら、はまたクッションに顔を埋める。そんなの隣でカップに口付ける。口いっぱいにココアの甘さがふわりと広がる。このままカップの中、ココアの海に溶けてしまえたら、とか、なんだかちょっとロマンチックなことを考えた自分にくすりと笑えた。ココアの中に溶けようものなら、体中ベッタベタになってしまうのにな。
「さ、今日は何見る?」
「んー…どれにしよっかな。浜ちゃんはどれ見たいの?」
「どれでもいいよ、が見たいやつで」
「え、じゃぁさ、せーので指差そう!そうしよう!」
テーブルの上に幾つかのDVDを並べて、吟味。昨日見たのは、5人の大人の男が野球やったりバカ騒ぎしたりのドラマ(1話から9話まで全部見た!)。一昨日見たのは、海賊の話。が主人公の俳優さんをうっとりした目で見るもんだからちょっと妬けた。って、俳優さんに妬いてどうするよ。目の前にいるのは俺なんだ、浜田良郎、自信を持て!
…まぁ、とにかく、寒い日は家の中でDVD鑑賞会をすることになっている。
「浜ちゃん決まった?」
「おー、決まったぜ」
「よっし、せーの、」
触れたの指先は、とても冷たくて。
「あ、一緒だったね。じゃ、これにしよ!」
「りょーかい、これね」
テレビの前でディスクを入れながら考える。地球に優しい男!とか言ってないで暖房入れてあげるべきだったな…とか。地球に優しくなる前に彼女に優しい方がいいのでは、とか。寒がりの君に、くっついてみたら少しは暖かくなるんじゃないかな?とか。
デッキがディスクを吸い込む音が鳴り、鑑賞会の始まり始まり。の隣にそっと座って、ココアを一口。
両手を擦り合わせながらはぁーと息をふきかけて袖の中に隠れていったの手が床に落ちるのをすくって、俺の手でそっとぎゅっと包み込んだ。そしてそのままキスをした。俺からも、からも、同じ味。
「ココア味、だな」
そう言って2人で笑い合えば、この空間も、身体の中も、頭の中も、心の中も、2人の間も、ふわりと暖かくなって。
百色シュガースポット
( 俺たちの間は、いつだって無限の甘さ )
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シュガースポット=バナナの黒い点々(すごくあまいところ)
title:百色シュガースポット(by.SBY)
061022/070602(加筆修正)