「やまざきくん」 「ん?」 「…なんでもない、」 ほんとうは、どうしてここにいるの?と聞こうと思ったんだけどね。 わ か ん な く て い い よ 、 君 2時間目、服部先生の社会の時間。ふらふらと教室を抜け出して辿り着いたのは屋上。施錠されていたために外には出られなかったので、仕方なく屋上前の階段踊り場に座り込む。そしてひとつ息をついて、携帯を開き神楽ちゃんへのメールを打つ。そんなあたしの右隣りには、大好きなリプトンのピーチティー。左隣には、何故か山崎くんが座っている。 総悟と別れてから、一週間が経った。 「鍵、開いてなかったね」 「ね。いつもは総悟が鍵開けてたから気づかなかったけど、普通屋上って開放されてないもんだよね」 「そういえば沖田さん、屋上の合鍵作ったって言ってた気がする…」 総悟らしいね、と軽く笑いながら神楽ちゃんへのメールを送信して携帯をパチンと閉じた。その音を最後に静まる空間。授業をしている先生たちの大きな声だけが途切れ途切れに聞こえてくる。 山崎くんとあたしの間に流れる空気がなんとなく重たい気がして耐えきれず、右隣りに置いてあったピーチティーを一口チュゥと飲んだ。甘い桃の柔らかい味が口に広がった後に、少し癖のあるような苦味が追ってくる。なんだろな、あまくほろ苦い、まさしく恋の味?だとか言ってみたりしてね。笑ってくれればいいよ、うん。 「…ね、ちゃん」 「なぁに?」 「俺、詳しいことは知らないけど、」 「…あー、…総悟の話?」 「うん、あの、沖田さんとのこと…あ!でも、別にそれをどうこう言いたいわけじゃなくってね、あー…なんて言えばいいんだろ。ちょっと、たんま、待ってね」 隣で指を折ったり唸ったりする山崎くんを一視してから、体育座りをした膝に顔を埋めた。 あー、なんだろな。さっきは2人の間に流れる空気が重たい気がしたんだけど、なんか、そんなことないかもしれない。むしろ安心するというか、気兼ねなく居られる気がする。ゆるい空気というか。偽っていない自分で居られるような気がする。どうしてかな、山崎くんの作り出す、このやわい雰囲気のせい? 「あのさ、えっと…俺が言いたかったのはね、我慢して笑うことないよって思って…」 「…がまん?あたし、が?」 「うん、そう。辛いなら、それを隠さなくても…いいんじゃないかなって、うん」 「あたし、つらそうに見えてた?」 「うー…ん…ぎこちないっていうのかな、なんかそんな感じがしたから」 「…そっか。そっか、山崎くんにはバレてたか」 そう言って軽く笑って口元が歪んだ途端、自分の目からポロポロと涙が零れていくのを感じた。どうして、どうしてだろう。妙や神楽ちゃんの前では一滴も溢れなかった涙が、山崎くんの前では止まらなく溢れてきてしまう。止まらない、止まらない。 そんなあたしの隣で、山崎くんは焦ることもなくあたしの頭を撫ぜた。あったかい、手。華奢で頼りなさそうに見えるのに、しっかりとした男の子の手。少し顔を上げた先に見えたのは、ひよこの様な色をしたハンカチ。 「どうぞ、使って?」 「っ、…あ りが、と」 そのハンカチからは、洗剤の良い匂いがした。吸い込むだけで身体中包まれているような感覚に陥る。あったかくて心から解されていく感じ。 今隣に居てくれているのが山崎くんでよかった、そう思うのは彼のこの雰囲気の成せる技だろう。 なにも知らなくたって、分からなくたって、ただ隣にいてくれるだけ、それだけで優しさが身体中に満ちていって、それだけで胸いっぱいになって、今隣にいてくれてありがとうってただそう心から思った。 ** 理由なんてわからなくても、心を解せることはできて、そんな人の隣にいたいって思う title:わかんなくていいよ、君(by.SBY) 20070704 |