その矛盾にきづくまで  H.side





どうすればいいのかなんて、分からなかった。自分で自分の気持ちが読めなくて、どうすることもできなくて。あの人のことが好き、だけれども、君の隣がいちばん安心すると思った。何も言わずにただ隣に居てくれたあの日から、ずっと、あたしの心の中には白と黒のもやもやが渦巻いているんだ。



放課後一緒に帰ろうと言っていた、はず、なのに、平気な顔して他の女の子の肩を抱きながら校門をくぐるあの人を見かけた。好きだと思っているのはあたしだけなんだろうか。付き合っていると思っているのはあたしだけなんだろうか。ただ、遊ばれているだけなんだろうか。それでも好きだと思い、離れることができないあたしはどうしようもない女だということ、自分がいちばんよく分かっているんだけど。


「…っ、………」


誰も居なくなった放課後の教室で、抑えきれなくなった想いが止めどなく溢れていく。三角座りで頭を抱え込んで蹲る。こんなところで泣いていたってどうにもならないことは分かっている。それでも、このまま真っ直ぐ家に帰る気にもなれなくて。かと言って、どこか寄り道する気にもなれなくて。電気も消えた教室で、ボーっとしてる間に、どんどんどんどん蛇口を全開に捻ったように涙が溢れてどうしようもない。


ガラリと開いた、教室のドア。カチッと電気がつく。この足音は、退だ。というよりも、このクラスでこんな時間に学校に残っているのはあたしか退くらいなもんだ(退は、先生の手伝いだったり部活だったりで遅くまで残っていることが多いそうだ)(この前、言っていた)。


「…。また、泣いてるの?」


今まであたしの嗚咽の音しか響いていなかった教室に、優しい声が響く。あたしは小さく縦に頷いた。泣いているところを退に見られるのは、今日が初めてではない。両手で数えられる程だけれど、片手だけでは数えられないくらい見られている。気まずいと思ったのは最初だけで、今では何も言わずに隣に居てくれることがすごく心地良くて、安心して。あれ?もしかしてあたしって退のことが好きなんじゃないか?でも、あたしはあの人のことが好きで、付き合ってて。どんなに苦しくても、泣いても、傍にいると…離れられないなぁと思ってしまう。それは本心なのか、それとも意地なのか、はたまた思い込みなのか。わからない、わからない、わからない。


「さ、さが、る、は?なにして、るの?」
「先生に頼まれてちょっと手伝い。明日授業で使うプリントまとめてた」
「そ、っか、」


キィと、椅子を引く音が聞こえた。少しだけ顔を上げると、あたしが蹲ってる教室の隅から一番近い席に退が座っていて、天井を見上げていた。言葉を何も交わさない時間がゆっくりと流れていく。それがあたしを安心させる。一人で居るときよりも、落ち着いて。ドクンドクンと早足だった心臓が、トクントクンとゆっくり鳴る。

あたしが教室で泣いているときに退に会う確率は、3回に1回くらいだ。そして退は、あたしが泣き止むまで何も言わずに待っていてくれる。最初こそ不思議だったけれど、今ではそれがなんだか嬉しくて。胸の真ん中がほっこりとなるような、この感覚が好きで。やっぱりこれはもしかしたら退のことが好きなんじゃないかなぁ、と思う。


初めて退に泣いているのを見られてから、3回目のことだった。
少し肌寒い帰り道、あたしの歩幅に合わせて隣を歩いてくれる退に嬉しく思い、また、どうしようもなく自分を自嘲したくなり、ポツリと何故泣いていたのかを話した。退に、何か言ってほしかった。叱ったり、軽蔑したり、とにかくなんでもよかった。何か言ってもらえれば、あの人を吹っ切れるようなそんな気がして。背中を押してほしくて。…あわよくば、あの人からあたしを攫っていってほしいだとか、そんなどうしようもなく淡く柔い期待もあったりして。

あたしはズルイ女だと思う。酷く厭らしく汚いと思う。あの人から離れたいと思う勇気も、退を好きだと認める勇気もないから、退が動いてくれるのを待っている。優しいからといって、頼って甘えている。どっちつかずの状況を続ける、最悪な女だ。こんなこといけないと分かっている、けど。勇気のないあたしは、最後の一歩を踏めずにいる。



「…退はさ、優しいよね」


ゆっくりと、退の座る隣の席の椅子を引いて腰を下ろす。まだ鼻声だけれど、涙はもう止まっていた。こちらを向いた退は、一瞬俯いてから言葉を紡ぎ始めた。


「だって、俺たち友達でしょ。泣いてたらほっとけないよ」
「…泣いてるとき、ホントはすごく寂しいんだ。だから涙が余計止まらなくなるんだけど」
「悪循環だね」
「でもね、退が居てくれるようになってから涙が止まるの早くなったんだよ。さみしく、なくなったから。退の隣は、あんしん、するよ」
「…そっか。よかったね」
「うん、よかった。ありがとう」
「いいよ、そのくらい。だって俺たち…友達だから」


ほら、ね。あのときに思った、攫ってほしいだなんて、淡すぎる柔すぎる期待だったのだ。退はともだちだから、優しい優しいともだちだから、こうして隣に居てくれるんだ。でもあたしは気づいてしまった、退の言った"友達"に、あたしの心臓がドクンと一際大きな音を立てたのを。流れるようなその言葉が、いつまでも頭の中で反響し続けているのを。やっぱり好きなんだ、退のことが。

認めたそのとき、頭の中はそればかりで。あの人とはさようなら、だ。まだ少しどうしようかと躊躇う自分が酷く憎いけれど。勇気がないだとかなんだとか、結局はなんとか自分を守りたい、言い訳がましいものばかりで。もう、いっそ全部崩してしまおう。










その矛盾にきづくまで
( 勇 気 が 出 る ま で あ と も う 少 し )





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好きだと認めるのは少し勇気がいる。
title:その矛盾にきづくまで(by.SBY)   20070301