その矛盾に気づくまで  S.side





だって、そうするしか君の隣にいる方法が思いつかなくて。君を泣かせた男を殴ってボコボコにしてやりたい、けれどそんなこと君が喜ぶはずがない。それでも、泣いている君のその悲しみをどうにか塗りつぶしてあげたくて。それは、君のためでもあるけれど、それ以上に俺のためでもあって。君のためだけに、なんてカッコいいことはこれっぽっちも言えなくて。それでも、どうか、お願いだから。笑った顔を見せてほしい。それと同時に、この姿を見ることができるのは俺だけなんだ、と、救いようの無い優越感。

なんて、我儘。独り善がり。嫌なやつ。




「…っ、うー…、ケホッ、っ………ーーー」
「…。また、泣いてるの?」


俺の問いに、は小さく縦に頷く。 "また" つまり、俺がこの場面に遭遇するのは初めてではない。両手で数えられる程だけれど、片手だけでは数えられないくらい遭遇している。初めて見たときはさすがに驚いたけど。誰も居ない放課後の教室の隅っこで、一人膝を抱えて三角座りで泣いているんだもん。もちろん教室に響くのは、涙を啜る音と嗚咽の音だけで。お化けかと思ったよ。

嗚咽が混じるほどに止まらない涙。俯いているの顔はぐちゃぐちゃなんだろう。そんな顔を見せまいと三角座りをして頭を抱えるを見て、俺はいつもどうしようもない気持ちになる。胸が詰まる。抱きしめたいけれど、できない。弱虫?違う、抱きしめたらきっと壊してしまう。…それこそ違う、ただの言い訳だ。泣いている好きな女の子を目の前にして、触れることもできないただの弱虫。


「さ、さが、る、は?なにして、るの?」
「先生に頼まれてちょっと手伝い。明日授業で使うプリントまとめてた」
「そ、っか、」


が蹲っているところから一番近い席に座って、無機質な天井を見上げる。…あ、落書き発見。天井に落書きなんて、よくやるな。 ひ じ か た こ の や ろ う あぁ、沖田さんが書いたんだろうな…


聞きたい事はたくさんあった。だけど何も聞けやしなかった。どうして泣いているのかはだいたい検討がついた。それをわざわざ本人に吐かせるのはなんとなく気が進まなくて。余計泣いてしまうだろうし。…違う、本当はの口からそれを聞くことで俺が傷つくことを恐れたんだ。だから聞かなかったんだ。…じゃない、聞けなかったんだ。


初めてが泣いているのを見てから、3回目のことだった。
少し肌寒い帰り道、俺の隣でゆっくりと歩を進めるは、ポツリと呟いた。 どんなに傷ついても、どんなに泣いても、好きなの と。 あの人から離れられないんだ と、自嘲気味に言った。小さな小さな声だったけれど、それはいつまでも俺の頭の中に反響し続けた。俺の心臓がドクンと一際大きな音を立てた。俺には分からなかった。傷つけられてまで傍に居たいと思うの気持ちも、傷つけるくせにを離さないあいつの気持ちも。俺には分からなかった。

こんなに傷ついて泣いているんだ。そこにつけこめば、あいつとは別れて俺と付き合ってくれるかもしれない、そんな酷く厭らしく汚いことも考えた。だけど俺がそうしなかったのは、あいつといるときのがとてもしあわせそうだから。楽しそうに、しあわせそうに笑う。そんなが、好きだから。傷つけられてまで傍に居たいと思う気持ちは分からなかったけれど、があいつをすごく好きだという気持ちは分かっていたから。






………なんて、これも正当な答えのようにみえて、裏がある。もちろんこうも思っていたけれど、それよりも、俺なんかと付き合ってくれるかもしれないだなんて、淡すぎる柔すぎるどうしようもない期待だと、自分がいちばん思っていたから。もしも想いを告げたとして、これから先も隣に居られる可能性はどのくらいだか。そんな危ない橋を渡るくらいなら、この気持ちを閉じ込めて、友達として隣に居ればいいんじゃないか。そうすることでを支えられるなら、俺はそれでもいいと思った(なんて、またこれもどうなんだか。人の想いは矛盾に満ち溢れていて。本当は友達のままなんて嫌だと心のどこかで叫んでいる。けれどやっぱり、想いを伝える勇気がなくて、結局のところこれは逃げなんだ、)




無機質な天井を見つめたまま、想いを巡らす。考えても考えても、納得のいく答えなんて出たことがなかった。いつだって出てくる答えには表と裏があって。矛盾ばかりで。酷く厭らしく汚くて、でも素直で真っ直ぐで気持ちの良いものでもあった。

なんて面倒くさいものに巻き込まれてしまったんだ。こんな想いを持つ日がくるだなんて。面倒くさいと思う反面、この想いを持てたことが嬉しくもあり。逃げて、追いかけて、隠れて、近づいて、彷徨って。この世界中、どのくらいの数の人がこの想いに悩んでいるんだろう。



すっかり泣き止んで、気持ちが落ち着いたのか、はゆっくりと俺の座っている隣の席の椅子を引いて腰を下ろした。


「…退はさ、優しいよね」
「だって、俺たち友達でしょ。泣いてたらほっとけないよ」
「泣いてるとき、ホントはすごく寂しいんだ。だから涙が余計止まらなくなるんだけど」
「悪循環だね」
「でもね、退が居てくれるようになってから涙が止まるの早くなったんだよ。寂しく、なくなったから。退の隣は、安心するよ」
「…そ、っか。よかったね」
「うん、よかった。ありがとう」
「いいよ、そのくらい。だって俺たち…ともだち、だから」


それは俺の思いつく限りで最良の、君の隣に居るための術で。






その矛盾にきづくまで
( 喉 の 奥 に 止 ま っ た 想 い は 届 く こ と な く )







**
閉じ込めた想いはいつだって矛盾に満ちている
title:その矛盾にきづくまで(by.SBY)   20070223