ラムネの呼吸
コポ コポコポコポコポコポ
コポコポ
コポ
コポ コポコポ
コポコポコポ
浮かんでは、弾けて消え。弾けて消えては、また浮かぶ。それはまるでラムネが呼吸でもしている様な、とても不規則なソレは、絶えることなく繰り返し、あたしを気持ちの良いまどろみの中へ………―――
「おい、ばか、なにやってんでィ」
「…あ、そーごだぁー…」
「そーごだぁー、じゃないでさァ。今は職務中だってのに、なに縁側で横になってんでィ」
「んー…ねむたくて」
「眠たくてって…そんなのが許されると思ってるんですかィ?一応、まがりなりにも、きっと、たぶん、恐らく、俺の記憶が確かならばも真選組だろィ。あー、やんなっちまうね、世の平和を守る真選組であろうお方が縁側でサボりだとは。世の中どうなってるんだかねィ…」
気持ちの良いまどろみへ連れていかれる一歩手前(あたしとしては、そのまま連れていってほしかった、切実に)、現実世界へと引き戻された。引き戻した主は自分の日頃の行いは見事に綺麗に全て棚の上にあげて、あたしへの小言を並べる。
昨日の夜、三日程前に副長から 宜しく頼むな と言われていた書類整理をまったくやっていないことに気づいて、死に物狂いで終わらせたのだ。ギリギリ予定時刻に間に合った書類を、ヘロヘロになりながら提出してきたばかりなのだ。つまり昨日の夜は一睡もしていないのだ。今日はお天気もよくて絶好のお昼寝日和といいますか、まぁ、とにかく眠いのね。
「そんな言い訳通用する程世の中甘くできてないでさァ。だいたい、聞いてりゃ、悪いのは完全にだろィ?」
「…そうなんだけどさ、とりあえず眠いんだよね」
「まぁ、仕方ないから土方のヤロウには黙っといてやるぜィ」
「そりゃどうも」
話が一通り終わるなり、総悟はあたしの隣に腰を下ろして可笑しなアイマスクをつけた。なんだ、結局総悟もサボりなんじゃないの。仕方ないから副長には黙っておいてあげるけど。今頃退くん辺りが餌食になっているんだろうなぁ…ご愁傷様。とりあえず両手を合わせておいた。
総悟にまどろみから引き戻され、とっくに目が冴えてしまったあたしは横に置きっ放しにしてあったラムネの瓶を手に取った。瓶を通して空を見上げる。瓶を通して目の前の庭を見る。瓶を通して隣の総悟を見る。たった1本の瓶、その中にゆらゆらと満たされた液体、その2つを通して見るだけで、こんなにも世界の色は変わるのだ。
「……………、そんなに俺見てて楽しいですかィ?」
「あ、ごめん、つい」
「そんなにジッと見られてたら、俺に穴開いちまいまさァ」
「それは困るね」
「だろィ?」
すっかり眠ったと思ったのに、どうやら総悟はまだ起きていたらしい。 眠れないの? と、問うと、 が見てくるから眠れねぇや と、少し笑いながらの答えが返ってきた。
だって、あまりにも綺麗だったんだもの、総悟が。いつも見ているサラサラの髪や、肌や、唇が。きっとアイマスクで隠れている目だって。ラムネの瓶越しだから少し歪んで見えるものの、とても綺麗だと思ったら、目が離せなくて。
そしたら今度は、コポコポと浮かんでは弾けて消え、弾けて消えては浮かぶ泡に見入ってしまって。不規則に、時に速く、少し経てばまたゆっくりと。いつまでも絶えることなく繰り返されるソレは、まるであたしの動悸の様で。
「あ、いいもん持ってるじゃないですかィ」
「これ?」
「他になにがあるんでィ。それくだせェ」
いつの間にかアイマスクを外していた総悟は、あたしが見つめていたラムネの瓶を指差した。それでも依然として瓶の中で繰り返される働きを見つめているあたしを不審に思ったのか、総悟は控えめに且つ不審人物を見るかの様に(酷いな…) どうしたんでィ…? と聞いてきた。
「んー…、なんか、この泡、さ」
「ん?」
「見てみて。コポコポって、なんか、うん」
「は?」
「上手く言えないけど、うーん…見入っちゃって」
「へぇ。まぁ、俺にはよく分かんねぇがはそういうの好きなんだろィ?」
「そう、たぶん、こういうの好きなんだと思う」
「よっし、じゃぁとりあえずこのラムネは貰っておきまさァ」
「その よっし がよく分かんないけど、どうぞ」
あたしからラムネの瓶を受け取った総悟は、喉が渇いていたのかなんなのかゴクゴクと飲み干した。手元に戻ってきたのは、ビー玉がカランと鳴る瓶のみ。カランカランと何度かビー玉を鳴らしてから、あたしは隣に瓶を置いた。
「それじゃぁ、今度こそ俺は寝るぜェ。もう穴が開くほど見つめないでくだせぇよ」
「分かってるってば」
そう言うなり、総悟はあたしの肩に頭を預けた。こういうの、普通は逆なんじゃないですか、沖田さん?副長に見つかったら、総悟が頭を乗せていた所為で起きられなかったとか言おう、そうしよう。
そうしてあたしは、心地良い体温を感じながらまたゆっくりとまどろみの中へおちていった。
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液体の中で気泡が浮かんでは弾けて消えるを見るのがすきです。
title:ラムネの呼吸(by.SBY) 20070210