ぽかぽかと暖かな昼下がり。 残念ながらお仕事が舞いこんで来ない万事屋のソファに腰を沈めて、銀ちゃんと向き合う。どうしようか、今月も半ばだというのに、未だに1件もお仕事がない。ちょっと本気でヤバいんじゃないかと思う。定春の餌代も、神楽ちゃんの食費も、底が見え始めている。来週もお仕事がなかったら、銀ちゃんには西郷さんのところでパー子になって稼いでもらおう。もちろん新八くんも。あと、何故だか先週から万事屋に居ついている桂さんにも、だ。 水のないところで 魚は泳げるのか? ( そ れ は 無 理 な 話 だ ) 「銀ちゃん、お仕事こないね」 「…ん、だな」 「さすがにそろそろ、ね?ピンチだと思うよ、お金ないよ」 「…ん、だな」 「あたし大通りにある喫茶店でバイトしようかと思うんだけど」 「…ん、だな」 「(絶対聞いてないなコレ)真選組さんに女中で住み込みしない?って誘われてるんだけど」 「それはやめておけ。あそこはオオカミの巣だ」 「(あれ?ちゃんと聞いてるや)もー、どうしよう。ほんとお金ない!」 「まー、なるようになるさ。心配すんな。ってことで、これ食べるぞ」 「えー?」 二人の間にある長机にトンっとおかれた綺麗な白い箱。中からふんわりと甘い匂いが漂ってくる。これは、間違いない。箱に書かれた金色の文字に見覚えがある。開いた箱の中に行儀よく並べられているのは、駅前にあるケーキ屋さんの限定30個スペシャルショートケーキ。ちなみに一つのお値段は500円という強者だ。 「ぎ、ぎんちゃ、ん?」 「んー?神楽と新八には内緒だぞー、ふたつしか買ってねぇんだからな」 「いやそうじゃなくってね。もしかして今朝早くからいなかったのって…」 「いやぁ、銀さん頑張っちゃったよー。早起きして並んじゃったからね、並んだ甲斐あったよこれは。生クリームが輝いてる、今にも踊り出しそうじゃねぇか!」 ケーキをひとつひとつ、崩すことのないように丁寧にお皿にとって、自分の前とあたしの前に並べてフォークを添える。その間の表情が、もう、なんといいますか。例えば、獲物を見つけたときのような肉食獣のような…いや、ちょっと違う。そこまでギラギラとはしていない。………例えるなら、初めて新幹線を見た子どものような、初めて花火を見た子どものような、それほどまでに彼の顔は綻んで期待に満ちた目をしていた。 お金がないと言っているそばからなにをやっているの、この人は!今すぐにでも返品してきなさいと言いたい衝動をぐっと喉の奥で潰す。いざというときに煌く目って、そのいざって今なんですか、と全力でツッコミたいけれどそれも寸でのところで心中に収める。 こんなにキラキラと輝いた彼を見てしまったら、もう何も言えない。話は少し飛躍気味かもしれないけど、あたしはこんな彼の傍に居ることができて幸せだなぁとまで思う。彼のこの表情一つで、だ。とんだ彼氏馬鹿なのかもしれない。そんな自分がおかしくて笑える。 「あー、やばいね、これはやばい。すんげぇうまい。も早く食べてみろって。金欠なんて吹っ飛ぶぞこれは」 「お金なくなってるのは確実に銀ちゃんのせいだろうね」 「だぁー!もういいじゃねぇか、うまいから食ってみろって!」 一口含めば口内に広がる甘い香り。決してベタベタとするようなものじゃなく、爽やかにすぎていくような優しい甘さ。限定30個、一つ500円というのも納得の味なのかもしれない。 あたしの目の前に座り、一口ずつ噛みしめながら食べる銀ちゃんは本当に幸せそうな顔をしている。半分を過ぎたところでフォークを置き、お茶を啜った。そしてちらりとあたしを見て、 うまいだろ? と同意を求めてくる。 「うん、すごくおいしい。500円の味だね」 「並んだ甲斐があったな、まじで。もうまそうな顔して食ってくれるしよ」 「…そんな顔してた?」 「あぁ、してたしてた。すっげぇほっぺ緩んでた」 それはきっと銀ちゃんを見てたせいだと思うんだけどなぁ、というのは口には出さずに、あたしは再びケーキを口に運ぶ。確かにケーキもものすごくおいしいのだ。だからケーキを食べておいしそうな顔していたというのも強ち間違いではない、かもしれない。けれどさっきのは、あんまりにも銀ちゃんが幸せそうな顔でケーキを食べるから、ついついあたしまでそんな顔になってしまったんだと思う。 ほら、好きな人が幸せそうだと自分も幸せになるって言うじゃない? 「俺ァ、糖分がなかったらホント生きてけねぇな。この世から糖分が無くなる時が俺の亡くなる時だ」 「三度の飯より糖分だもんね?」 「糖分は何にも代えられねぇよ。はなんかねぇの、そういうの」 「えー…?んー、あたしはねー、…きっと銀ちゃんがいないと生きられないよ?」 フォークに刺さって、あとは銀ちゃんの口へ向かうだけのはずだったスポンジが床に落ちた。3秒ルール!3秒ルール!3秒以内なら大丈夫、いや、5秒でも大丈夫。午前中に掃除したから床は綺麗なはずだもの。早く拾って食べないともったいないよ、限定30個500円のケーキ! スポンジが落ちたことにも気付かずに、焦点の定まらない目と餌を求める金魚の様な口をしている銀ちゃんを眺める。その間もあたしの手元は、口へと甘いスポンジと生クリームを運ぶ。間に挟まっているイチゴジャムがほんのり酸っぱくておいしい。 幸せそうな銀ちゃんを見るのも好きだけど、呆けてる銀ちゃんを見るのもなんだか楽しい。 あれ?でも、あたし、そんなに変なこと言った? 「んなッ?!なんつーこと言ってんだおまえ!自分の言ったこと分かってんのかァ?!すっげ恥ずかしいぞ!なんでおまえはそんな平然としてんだよ、銀さんすっげぇ恥ずかしいんだけど!」 「ふふ、だってホントのことだもん」 覚醒したかと思ったら一気に捲くし立てるその様に少し吃驚した。だけど、りんごのように、ううん、もっと、いちごのように、トマトのように赤くなっていく銀ちゃんを見ていたら愛おしくなって、不思議と笑いが止まらなくなってしまった。 「んだよ、もう!笑うんじゃねぇ!」 それはぽかぽかと暖かな昼下がりの出来事。
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