ビュッと一段と強い風が吹いて、先生とあたしの回りに桜の花びらが舞う。
ひらひら ゆらゆら ひらひら ゆらゆら
綺麗に儚く散っていく、桜の花びらが作り出す幻想的な世界。…まぁ、ちょっとこれは言い過ぎたかも。そこまで舞っているわけでもない。でも綺麗なことに変わりはない。美しいものは保っているべきだとか、儚く散っていくからこそ美しいだとか、そんな評論を国語の授業でやった記憶がある。その時はなにが言いたいんだかよく分らなかったけれど、今ならなんとなく分かる気がする、なんとなくだけれど。
散っていく桜を見て思う。きっと高校生活も同じことなのだ。終りがあるから、目一杯その時を楽しもうとする。がんばろうとする。終わったからこそ、よかっただとか楽しかっただとか思えるんじゃないかな。
「キレイだねー」
「だな」
「…あと、すこしだね」
「…だな」
あと数時間で、あたしはこの学校を卒業する。仲間と過ごした大好きな教室、よくサボりに行った保健室に屋上、お世話になった職員室、甘ったるい匂いと苦いタバコの匂いが混在する国語科準備室、先生に告白された裏庭、この大きな木の下。全てここに置いて、思い出だけを心に詰めて、あたしは先へ進んでいく。…ううん、あたしだけじゃない、3Zみんな、それぞれの道を進んでいくんだ。
「ねぇ、先生」
「なぁーに」
「…あたしたちがいなくなったら、寂しい?」
「そりゃなぁ。おめぇらみたいな濃いクラスには二度と会わねェと思うよ…つうか会いたくねェ」
「あはは」
心底イヤそうに遠くを見る先生に、思わず笑いが出た。でも、あたしは知ってるよ。そんなふうに言ってみせたって、ほんとは先生、今すごく泣きそうでしょ?泣きたいの堪えてるでしょ?最後のHRにも出ないでここでタバコ吸っちゃってさ。そりゃね、手塩かけて育てた…って言ったら大袈裟だろうし、先生がそこまでしてたとは思えないけど(ごめんね、先生)、それでも1年間面倒見てきた手のかかる子たちが卒業するんだ。寂しいに決まってる。
みんながそんな先生の気持ちを感じ取ったのかは分らないけど、なんだか少し静かでおかしいんだよ。柄にもなく、みんなちょっと緊張してるっていうか。お妙ちゃんは近藤くんが寄ってきても特に制裁下さずだし…。神楽ちゃんと沖田くんも取っ組み合わずに、目が合えばお互い大きな溜め息を漏らしてるだけ(だんだんとどちらの溜め息が大きいかの競い合いになっていることは分かった)。土方くんは何度も何度も答辞の紙を開いたり閉じたりと。新八くんはこのおかしな空気につっこむこともなく、ボーっとしている。
「…お前が卒業したらさァ、堂々と手ぇ繋いで街歩いたりできるな、やっと」
「先生そういうとこ律義なんだもん、学校では抱きついてきたりするくせに」
「ほら、学校ならセクハラっつーことでなんとかなるだろ」
「その方が問題じゃないの?!」
「お前がセクハラだと思えばセクハラ、そうでないと思えばセクハラにはなんねぇから」
「ア、ハハ…そうでございま、すか…」
とんでもない先生理論を聞いたあたしからは渇いた笑いしか出てこなかった。
先生と生徒、そんな恋愛関係。公になるわけにはいかない、そんなあたしたちの関係。卒業すれば堂々としていられる、それはすごく嬉しいことのはずなのに、どうしてかすっきりとしなくて。モヤモヤモヤモヤとしたあたしの頭と心の中。
「でもよ、が大学行ったら毎日は会えねェんだよな」
「…あ…そ、っか」
「卒業嬉しいような悲しいようなだよなァ。ここに居たら必然と会えるんだもんなー」
先生はハァーと長めの溜め息を吐いてから、グシャグシャとあたしの頭をかき混ぜた。それは優しくてどこか寂しい手つきで、なんだか泣きたくなってしまった。あたしのモヤモヤも、そう、きっと先生と同じ気持ちなんだと思う。隠さなくてもいい、やましい気持ちを持たなくてもよくなる嬉しさと、毎日は会えなくなる寂しさ。嬉しいことと寂しいことが同時に起こる、そのやりきれなさのモヤモヤだ。
「大学行って男前なやつがの前に現れたらどうしよ、俺。合コンとかもあるんだろ?数合わせで仕方なく行かなきゃっていうパターンもあるだろ?あー、心配。先生すっげぇ心配だわ」
頭上でぶつぶつと繰り返されるソレに、あたしにまで不安の波が押しては引いてを繰り返す。あたしだってすごく心配だ。この人は自分の意識外のところでカッコいいから(パッと見はどうしようもなさそうな男だもん)、気付かぬうちにたくさんの好意を集めてる、なんてこともあるだろうし。『銀八センセイ、受け取ってください!』なんて、結野アナ似の可愛い女子生徒が大きなチョコレート(もしくはチョコレート詰め合わせ、とりあえず糖分ならなんでも)を持ってくれば簡単についていってしまいそうな気がする。
…そんな思考回路のあたしは可哀そうだと自分でも思うけれど。
未だにあたしの頭をグシャグシャと撫でるその手をキュッと掴んで、あたしの両手で包み込んだ。見上げてみると、先生は ん?どした? と言ってふわりと微笑んだ。あ、なんかこの笑い方やらしくない。すごくあったかい。
「…大丈夫だよ、あたしは何があっても銀ちゃんだけを信じてるから」
あたしの口から零れた言葉は、自分に言い聞かせるようなものであって。話の流れからして、これは上手く繋がっていないし、国語の先生的にはバツをつけそうな文法だけど。だけど、だけど、ねぇ、今は。先生としてじゃなく、銀ちゃんとしての答え合わせをして、おねがい。
「ねぇ、銀ちゃんもそうでしょう?」
桜 色 シ ャ ワ ー
「そうだな。俺もだけ、のことだけ信じてるから、大丈夫だよな」
あたしの口から零れる言葉を掬った口から返ってきたその言葉に、どうしようもない幸せを全身で感じた。背中に感じるあったかい腕と、耳元にトクトクと響く胸の音。あぁ、今、とってもしあわせだよ。
ゆらゆら ひらひらと桜の花びらが舞う中で、あたしはゆっくりと目をつむった。
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残されるものも無くなるものも、誰かが美しいと思えばそれは美しいもの
20070421(ssとしてup)/20070430(加筆修正)
title:桜色シャワー(by.SBY)